自己実現なひとりごと

自己実現に必要なことを、あくまでひとりごととしてつぶやいたり、記事を書いたりします。日常の色々な気づきを大切にしています。

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小言を言われ続けると失敗してしまうのは僕だけだろうか①

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はじめに

私が今でも思いだす苦い思い出の中に、小言を言われて、自信を喪失し空回りして失敗したということがあります。

今日はそれについて、(日曜日に思い出してストレス解消にはならないけれども、)ちょっと書きたくなったので書いてみることにします。

はじめての自動車学校

まだ、私がはるか昔、ピチピチ?な学生だったころ、18歳になったので当然のように自動車学校に行きました。

ちなみに正直、免許を取ることにそんなに興味はありませんでした・・。モチベーションはまあ取らないといけないものという程度。

はじめての自動車の運転はドキドキでしたが、まあ運転してみたいなという気持ちも多少はありました。

そして、はじめての運転。当時はマニュアル社とオートマ車が半々ぐらいの時期でしたので、一応マニュアル車でもとれる免許を選択しました。

そもそも、今でも同じかもしれませんが、ちょっと男でオートマ限定はダサいイメージがあったので当然といえば当然といえるかもしれません。

教官は年老いたおっさん

担当の教官は年老いたちょっとほっそりしたおっさんでした。まあ、高校生の時でしたから、年老いたといってもまだ若い教官だったかもしれませんが、とにかく年配風な人でした。

最初は、年配の人の方が教え方が上手いだろうそんな感じで思っていました。

それに教官って先生みたいな感じだろうから丁寧に教えてくれるだろうなと思っていました。

さあ!場内教習だ

最初のもろもろな教習が終わり、最大の難関に差し掛かりました。

マニュアル車での一番の難関といえば、そう坂道発進です。

あれってクラッチとギヤの入れ替え間違ったらエンストしてしまうんですよね。

今はほとんどオートマ車しか乗りませんがそれでも、坂道発進はドキドキします。

ちょっと後ろに下がったら、ビッとしていますね。

この時のトラウマですよねきっと。

さあ、坂道発進。

でも、私は不器用で物覚えが悪い為。

何回やっても、エンストして失敗してしまいました。

そのたびに、隣で教官が、ガミガミガミガミと小言を言います。

「そこで、クラッチ、ほらさっさと」「何やってるんだ、もう一回」

そうやって、小言を言われ続けると焦って、頭も混乱してきました。

焦れば焦るほどわけわららなくなって失敗してしまいます。

そのうちに小言にばかり意識がいって、感覚が全く分からなくなります。

そうやって、全く坂道発進ができませんでした。

高校生の時の私は今よりもガラスのハートを持っている少年でした。

今は、鉄のハートかもしれません。

理不尽な仕打ち

そして、坂道発進を失敗し続け、小言に自信を無くした私は、教官からトドメの一言を言い渡されました。

「ぶん流さんは、マニュアルができないみたいだから、オートマ限定に変えた方がいいですね。」

当時の私は純朴でした。

「は、はい」

そうして、無理やりオートマ限定に変えられてしまいました。

(ちなみに実家の車はオートマでしたので、免許をとっても乗れない事必須でしたね。)

中年になった今でも思い出すということは、よほどその時のショックが大きかったかがわかります。

男で、オートマ限定なんてかっこ悪い・・・。

そう大人への階段を上る手前の私は免許で躓いてしまいました。

免許は取れました

その後無事免許は取れました。オートマ限定でしたけど。

その間も、鬼教官は小言を連発でした、でも路上教習になるともっと優しい教官にもなったので、何とか合格した感じでした。

でも、オートマ限定とは屈辱でした。

ずっと忘れない屈辱でした。

いや、今ふつうの免許ですよ

一応、私の名誉の為にいっておきますと、大学に入ってから、限定解除教習を受けに行きました。

ほぼペーパードライバーでほとんど運転はしていませんでしたけど、オートマ限定だけは許せなかったんでしょうね。

悔しかったんでしょうね。

大学時代に別の自動車教習所に行き、限定は解除しました。

確かにそこでは坂道発進も苦労はしましたが、やっぱりオートマ解除の思いは強かったですし、教官も小言をいう人ではなく、丁寧に普通に教えてくれましたので、なんとかクリアはできました。

今思うこと

あの教官の小言が自分の人生を狂わせたんだ!!!!

本当に、結局限定解除する事になって、そのコストが逆に付きましたし、大学時代の貴重な時間を限定解除の為に使いました。

まあ、人生を狂わされたというのは言い過ぎかもしれませんが、それほどの苦い失敗の思い出をあの小言ばかりいう教官は若い私にプレゼントしてくれたものでした。

小言いう指導者は無用

教官でも会社の上司でも、小言ばかりいって相手の間違いを責める人は人を育てる事が全くできない人間だと思う。

相手の自尊心を傷つけ、自己評価を削りとり。

そして、ああやっぱり失敗したね的なレッテルを貼ってしまう。

それって教官失格、上司失格。

部下を決して伸ばすことができない行為です。

そうやって、自分で相手を追い詰めて、自尊心を無くさせ、失敗まで誘導する。

そして、それみたことかと優越感に浸る。

ああ、最低。

まとめ

まあ、今さらあの教官に小言いっても仕方がないことだけれども、人生の屈辱だったけれども、まあいい思い出にはなったかなと思います。

私は雑草パワーを発揮し、一度踏まれた所から一年発起し、限定解除という難関を突破しました。

思えば、挫折した後に、大学時代に思いたってオートマ限定を解除したことというのは、自分の中の成功体験となっています。

どんな嫌な思い出でも、その後の自分の行動次第では、黒いものも白に塗りかえることができるんだなと自信になりました。

小言を言われ続けると失敗してしまうのは私だけではないと思います。

世の中の指導者の立場にいる人はそこんところをもう少し考えて指導してもらいたいもんだなとシミジミながら思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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