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自己実現なひとりごと

自己実現に必要なことを、あくまでひとりごととしてつぶやいたり、記事を書いたりします。日常の色々な気づきを大切にしています。

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上司との軋轢で辞めたサラリーマンの自棄

自暴時期

サラリーマンの道は正義とは限らない

 

サラリーマンにとって正義とはあってないようなものであるというのはある意味真実を言っていると思います。
私は、あるシステムのプロジェクトにおいて、このプロジェクトは異常です、このスケジュールでは無理ですと勇気を振り絞って上司に指摘したことがあります。
その上司はお客様には、大丈夫この値段でいけますよと、 言っていた反面、部下にはお前らのスキルがないからスケジュールが遅れると厳しく部下の能力の低さを毎日指摘していました。当然プロジェクトメンバーのやる気は日に日にゼロになり、厳しく指摘するリーダーの元、しぶしぶ残業に耐えている状態で、私はメンバーがいつ倒れてもおかしくないし、会社もヤバイと思いました。
そういう理由から、私は自分なりの正義として、トップに「このままではこのプロジェクトは赤字になるし、納期も必ず遅れる、これはメンバーのスキルの問題ではない。」「お客様と話をして、要件の確定とスケジュールの延期を話し合って下さい」と訴えた事があります。

サラリーマンの忌むべき瞬間

 私は正しい意見を会社のため、お客様のため、メンバーの為に言ったと思っていましたが、リーダーやトップの反応は違いました。結果的に、そう、私は非難されました。あいつはスキルがなく、能力がないと、能力のなさを責められましたし、減給も言い渡されました。そして、プロジェクトから離されていきました。 

結果からみれば、そのプロジェクトは半年以上遅れ、当然赤字で、その間メンバーは残業、休日出勤を通して何とか完成したような状態でした。そういう意味では、私は正しいと思っています。
しかし、サラリーマンとしては私は恥ずべき事をしたのです。私は上司に意見を言ったことで、上司との軋轢を生んでしまいました。それで、上司とも話にくくなり、あいつは駄目だと陰口を叩かれて行きました。そして、上記のように能力がないと、給料も下げられ

辞めざるを得ない状態を上層部は作りました。

結果的に私はその会社を去りました。

私は、サラリーマンとして失敗をしたのです。上司にたてつくのはサラリーマン組織としてはあってはいけない事だったのです。

 

サラリーマンとしての絶望と深い信念

 私はその時、強い正義感と強いPOWERをもっていました。絶対に成功するという強い思いがありました。だから自身をもって、上司に意見もいいましたし、辞める事に対しての恐怖もありませんでした。周りから疎外されてもなお強い思いがありました。

ですが、その時のメンバーには悪い事をしたと今でも反省をしています。私は、意見を言う事で辞めるように仕向けられる会社があるとは夢にも思っていませんでした。そういう意味では無知でした。でも、人間としては自分の信念を貫きました。でも、繰り返しますがサラリーマンとしては無能でした。

そして、私はすごく弱くなって従順になった

たぶんこの経験から、サラリーマンがすごく嫌いになりました。結局は会社とは社長からの序列で、風通しがいいとかは所詮は戯言なんだなと思いました。トップが駄目ならNOなのだと思いました。平社員の自分の意見が正しいとしても、方針がNOであれば、その人は反社勢力であり、無能な部下という事になると知りました。

その辛い経験をして、見た目私は弱くなりました。転職してからは、意見を言わなくなりました。意見を言っても無駄なのだと理解したので、本当に見た目は従順になりました。(心の中では?沸騰中?)その一方で、結局は自分で組織を作り上げない限りは、自分の理想や正義は貫く事ができないとも考え始めました。

本業の定義を勝手に変更

 私にとって、皆が本業だという週5日の仕事は生活の為の労働としてとらえ、本当の仕事とは思っていません。毎日書いているこのブログを本業で本当の仕事だと捉えています。

本当に自分がやりたい事、決めたこと、それで社会に少なからず貢献していく事を仕事の定義としています。

ただ、サラリーマンとして上司やお客様の指示どおりに、残業して休日出勤してやる仕事を自分の仕事なんてとても思えませんし、そんなものを人生の柱としたら、いったいどんな人間になるでしょうか。

夢をあきらめ、愚痴ばかりで、家族に自分の背中を示せない人生なんてグシャグシャにして、ゴミ箱に捨ててやります。

私は、週5日のシステムの生活労働に対しては、もちろん本気でやっています。本気で受け身で一生懸命やっています。だから、きちんと結果もだしています。しかし、心の中心ではありません。本当は、そう思いたくないな、ちゃんと天職とも呼べる会社に出会えたならいいなという思いもあります。
そういう複雑な感情を残しながらも。

私はサラリーマンというスーツを心の中で捨てました

私はこの道で、貢献していきます。そして、周りが本業だと認めるまで続けます。そのうち、今の週5日の生活の為の労働は必要なくなりめでたく卒業となります。

その道はサラリーマンとしての私よりもきっと人生は楽しいはずです。上司との度重なる軋轢によって人生が変わっていった私です。

それは多くの人からみればサラリーマンとしての失敗です。

ですが、私としては、飛躍への道と考えています。週五日の生活の為の労働=副業、出稼ぎ稼げない物書き活動=本業、生業、天職という決断は面白いと思っています。

そして、私はサラリーマンというスーツを心の中で捨てました自棄?

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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