自己実現なひとりごと

自己実現に必要なことを、あくまでひとりごととしてつぶやいたり、記事を書いたりします。日常の色々な気づきを大切にしています。

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恐怖からの責任感と、大志からの責任感の違い ビジネスマンの処世術

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はじめに

必要以上に責任を負ってしまう人がいます。

そういう人は仕事の姿勢が真面目で、

責任感をもって仕事に取り組むのです。

ですから、周りから信頼もしくは、頼られて、

更に、仕事が増えていきます。。

そして、責任の範囲が増えて、重しとなって、

背中に背負っていくのです。

そして、体調を崩すのです。

なぜ背負うのか?

責任感が強い人が体調を崩してしまう一つの要因として、

恐怖心があると思います。

それを自分がやらなかったら、

仕事がどうなるかを想像してしまうのです。

そして、できなかったときを恐れて、

目が覚めている時はずっとその事を考えてしまいます。

そして、上手くいかない想像ばかり頭の中で、

再生していると、

ストレスとして、積もって行くのです。

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恐怖心がある責任感は責任感ではない

私は、責任感があるのは素晴らしいことだと思います。

しかし、その中に、失敗の恐怖が含まれているのは、

破滅への道だと思います。

少々の恐怖からの責任感であれば、耐えられるかもしれません。

しかし、人間にはストレスに耐えられる限界値があるようです。

その限度を超えてしまうと、

すぐに心身に支障をきたすのです。

そういう責任感が実際は責任感ではないと思います。

本当に大事な尊い責任感とは、

大きな志をもっている事です。

大きな目的と目標をもっていることからくる責任感です。

その責任感の場合は、

大きな困難やプレッシャーでも耐えていけます。

丁度、明治維新で、若い人達が日本を変革し、

幕藩体制から近代国家を築き上げたように、

大きな志、つまり、大志は、

凡人ができないレベルの困難やプレッシャーでさえも、

簡単にはねのけていくのです。

でも、

恐怖からくる責任感は、

少し大きな役割、

例えば、仕事で1プロジェクトのリーダーになり、

丁度、プロジェクトで難しい問題を抱え込んでしまった時などに、

もう限界値を越えてしまいます。

恐怖からくる責任感は全く弱く。

本当の責任感ではないのです。

大志と恐怖の経験

少し私自身の体験を入れるならば、

かって私は大きなプロジェクトを抱える管理職を経験しました。

そこには強い大志がありました。

会社を発展させ、仲間に成功をもたらすため、

ユーザーに貢献するため。

本気で、信じて仕事をしていた時期があったのです。

そんな時は、

強力なプレッシャーでさえも、

自分の強い意志を壊すことはできませんでした。

どんなに残業しても、徹夜になっても。

その意志は挫けませんでした。

一方で、

転職を繰り返し、自身を無くし、

目標や目的を無くしてしまった後では、

例えば、ちょっとプロジェクトで問題を抱えただけでも、

ここで問題を起こすと、派遣契約を切られてしまうという恐怖心が募り、

それを責任感として必死にやっていたと思います。

ですが、そういう恐怖でやった時は、

身体に直ぐに出てくるもので、体調を崩してしまいました。

同じ責任感のようにみえても、

これは大きく違うものなのです。

仕事には責任感は必要なのです。

それがないと、信頼は得られません。

ですが、その質が問題なのです。

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まず目的を考えてみる。

恐怖からの責任感から脱出するための、一番いい方法は、

先述にあるように、大志を描くことです。

ですが、そんな急に言われても・・・。

できるはずがありません。

そういう人は、目的から入ってみるのです。

何のために働いているのでしょうか?

何のためにそのプロジェクトをやっているのでしょうか?

そうやって考えていると、

少しずつ、真の目的を潜在意識が考えて、

答えを持ってきてくれます。

そうすると、恐怖心がスッとなくなっていくものです。

その時の答えが、自分だけ、家族だけではなく、

会社や社会全体の為となっていると、

より強い責任感が生まれてきます。

恐怖の分析をする

次に、自分自身を内省するといいと思います。

責任感をやって仕事をしているとします。

ですが、それが恐怖からのものなのか、

大志から来るものなのか、

自分の心を省みる時間を作るのです。

それは日記だったり、ブログを書くことだったり、

人と話すことで帰りみることができます。

その中で、恐怖からくると判断したものは、

心から捨て去る必要があります。

出世競争から外れる。

評価を下げられる。

周りから白い目でみられる。

部下から落胆される。

部長から怒られる。

こういう恐怖からの責任感は、

はっきり捨て去るべきです。

とはいえ、

仕事なのですから、

今の仕事は遂行していかないといけないのも事実です。

そこは我慢してやりましょう。

でも、自分が恐怖からの責任感でやっていると気づけば、

意外に心は直ぐに変化してくれます。

心は、曖昧なままだと、あいまいなまま。

はっきりすると変化する修正をもっているのだと思います。

ですから、内省し、はっきり原因がわかることで、

それ自体で、浄化してくれるものです。

そして、心が洗われた後に、

先ほどの、目的を考えていくのです。

そうすれば、見違えるようになります。

その責任感は本物になります。

大志ができ、多少のストレスも耐えられるようになります。

これは社畜になれという話ではありませんよ。

あくまで、自分が正しい思いで、仕事を進めていくのです。

不思議な事に、そういう思いで強い責任感をもってやる仕事は、

成功します。

そして、引きが来るのです。

より自分が望んだ仕事が向こうからやってきます。

恐怖でやっている人には、心身の不調という贈物しかきませんが、

大志でやる人のもとには、幸運とチャンスが来るのです。

同じ責任感でやっているのですが、

これは人生の不思議です。

まとめ

大志での責任は拾い、恐怖での責任は捨てるのです。

背負ってはいけません。

これはシンプルな論理です。

でも、私自身もときおり、恐怖に頭を支配され、

体調を崩すまで追い詰められてしまうことがあります。

ですが、強い責任感があるので、

周りは自分を信頼し、仕事をバンバン任せてくれます。

しかし、耐えれません。

そういうものなのです。

ですから、恐怖からなのか、大志なのかを、

毎日十分に内省し、

本当に大事なことだけ拾っていく必要があるのです。

そっちの方が絶対に人生は楽しくなります。

どんなにつまらない仕事でも、

目的を考え、大志まで昇華させれば、

それは全く別のとても素晴らしい仕事になります。

きっと、

単なるサラリーマンだったとしても、

普通じゃない、楽しい人生を送れると思います。

私自身ももう一度、原点に返り、

仕事の目的を考えて行こうと思います。

 

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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